あれは初秋のよく晴れた日、私はいつものように一人で低山を歩いていました。心地よい汗をかきながら尾根道を進んでいると、突如として空気を震わせるような重低音が耳に届きました。ブゥゥン、というその音は、アブや他の蜂とは明らかに異質で、私は思わず足を止めました。音のする方へ恐る恐る視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていました。私のこぶしほどもあるのではないかと思える巨大な蜂が、倒木の上をゆっくりと歩いていたのです。オレンジ色に輝く大きな頭部、黒と黄色のコントラストが鮮やかな胴体。それが、最強の昆虫と名高いオオスズメバチとの初めての遭遇でした。全身の血の気が引くのを感じ、私は完全に凍りつきました。下手に動けば襲われる、という本能的な恐怖が体を支配します。幸い、蜂はこちらに気づいていないのか、樹液を舐めるのに夢中のようでした。私は呼吸を殺し、蜂の視界に入らないよう、ゆっくりと、一歩一歩後ずさりしました。心臓が今にも張り裂けそうでした。安全な距離まで離れることができたとき、どっと安堵のため息が漏れました。後で調べたところ、オオスズメバチは土の中や木の洞に巣を作り、その攻撃性は日本の蜂の中で最も高いとのこと。あの時、パニックを起こさず静かに行動した自分の判断は正しかったのだと、改めて背筋が寒くなりました。自然の美しさと共に、その厳しさと恐怖を肌で感じた、忘れられない一日となりました。